洛陽王府
冒頭
洛陽王府(らくようおうふ)とは、後漢の都洛陽に置かれた皇帝の宮城と、その周辺の王城中枢を指す呼称です。作中では、禁門や内裏へ通じる政治・軍事の要地として扱われ、都の権力が直接はたらく場をまとめていう語感で用いられます。
概要
洛陽は「王城の府」とも称され、宮門や官衙が集中し、百官の往来と儀礼が日常的に営まれる中央の舞台でした。 洛陽王府という言い方は、この都城の中心部が、朝廷の政変・戒厳・禁衛の動員などと不可分であることを示します。
歴史
作中では、何進の号令をきっかけに袁紹が近衛兵を率いて禁門から内裏へ押し通り、王城の八門や市中の衛門を閉じて戒厳を布くことで、「洛陽の王府」が一挙に戦場化します。 また、討匪将軍の印綬を帯びた盧植が「洛陽の王府」から遠征に下るなど、王府が命令・任官・軍権発動の起点として描かれます。
関連人物
袁紹は禁衛を率いて王城を封鎖し、宮中の権力闘争を軍事行動に転化させる中心人物として現れます。 何進はその発端となる号令を下し、新帝擁立の動きが宮門内部の力学を加速させます。 盧植は王府側の官軍指揮官として位置づけられます。
史実との違い