烏林
冒頭
烏林(うりん)とは、長江流域の赤壁と対をなして語られる地名で、赤壁の会戦では北岸側の戦場・陣地として扱われる土地です。現今の地理としては湖北省嘉魚県付近の南北両岸にわたる、水陸の入り組んだ地域として説明されます。
概要
歴史
赤壁の戦いの局面では、呉の周瑜が船団を進めて烏林・赤壁の間へ進出し、水陸両軍を督励する戦域として描かれます。 また、曹操は追撃を受けつつ烏林の岸へ逃げ上がり、なお周辺一帯が火焔と熱風に包まれている状況に置かれます。
関連人物
呉では呂蒙が烏林へ渡って甘寧と協同するよう命じられ、烏林方面が追撃・挟撃の作戦線の一つとなります。 蜀では諸葛亮が趙雲に烏林の小路での待ち伏せを命じ、烏林から南郡へ通じる道と荊州へ分かれる道がある要地として扱われます。
史実との違い