紫金山
冒頭
紫金山(しきんざん)とは、揚子江下流域の要地・建業(秣陵、現在の南京)近郊に連なる山で、江東の都城圏を囲む地勢をなす山稜の一つです。孫策の進軍と戦後の情景の中で、鳳凰山と並び、朝陽を受ける「嶺々」として示されます。
概要
江東政権(のちの呉)が根拠地とした建業周辺は、水路と平野、城郭に加えて丘陵・山地が近接し、防衛と統治の双方で地の利を持ちました。紫金山は、その建業近傍の地理的背景を具体化する地名として用いられ、戦乱の推移が「都の近辺で起きている」ことを位置づけます。
歴史
史地としての紫金山は南京東方の山地で、後世には中山とも称され、都城南京のランドマークとなりました。三国期の江東でも、建業近郊の山稜は城塞・街道・水運と一体で、周辺勢力の進退(攻勢・転進・支配の確立)を左右する地勢として意識されやすい地域でした。
関連人物
史実との違い