銅雀台
冒頭
銅雀台(どうじゃくだい)とは、曹操が河北の鄴城近く、漳河のほとりに築いた高大な楼台建築です。造営の中心となる台を銅雀台とし、左右に玉龍台・金鳳台を配し、空中に反り橋を架けて連絡させる構えとして語られます 。
概要
鄴城(河北省)に付属する一大造営として描かれ、落成時には諸州の大将や百官が招かれて祝賀の大宴が催されます 。楼台の命名は、曹操がこの地を占領した際に地下から青銅の雀を掘り出したことに由来するとされます 。
歴史
作中では、曹操が冀州の地に長く逗留し、漳河畔で工を積んで完成させた大土木として位置づけられ、玉龍・金鳳の二台とそれを結ぶ橋梁、周辺の多数の門戸を含む複合的な楼観であることが示されます 。落成祝賀の席では、曹操の発意で文官が銅雀台を題に詩を賦し、王朗や鍾繇の献詩が引かれます 。
関連人物
曹操は老後に閑を得たら銅雀台に住み詩作をしたいと、次男の曹子建に語ったとされます 。また諸葛孔明は、曹子建に作らせたという銅雀台の賦を根拠に、曹操の帝王志向や二喬への野望を暗示するものとして言及します 。
史実との違い
吉川三国志では、銅雀台を贅を尽くした政治的象徴として強調し、二喬をめぐる含意を曹子建の賦に結びつけて語る点に、史実や演義的脚色との差が示されます 。