大賢良師
冒頭
概要
意味
「賢良師」は徳と教化を担う師を意味し、「大」を冠することで、配下の方師(大方・中方・小方など)を統べる最高権威であることを示します。黄巾党内では部将を「大方」等と呼ぶ一方、張角とその兄弟にのみ「大賢良師」「天公将軍」「地公将軍」の特別な尊称が用いられ、称号が統制原理として機能していました。
用いられ方
関連人物
史実との違い
けれど、総大将の張角のことは、そうよばない。張角と、その二人の弟に向ってだけは、特に、 。 大賢良師、張角 。 天公将軍、張梁 。 地公将軍、張宝 。
天下大吉 。 ○ 。大賢良師張角。「大方ご覧なさい。ここにもわが党の盟符が貼ってありまさ。
「なあに、砂金や宝石じゃないが、洛陽船から、茶を交易した男があるんだ。知っての通り、盟主張角様には、茶ときては、眼のない好物。これはぜひ掠めとって、大賢良師へご献納もうそうと、そいつの泊った旅籠も目ぼしをつけておき、その近所から焼き払って踏みこんだところ、いつの間にか、逃げ失せてしまって、とうとう見つからない。――こいつあ近頃の失策だったよ」 。 賊の李朱氾は、劉備のすぐそばで、それを大声で話しているのだった。
「心得た」 。 と張飛は駒を飛ばして、山のほうへ向って行ったが、しばらくすると戻ってきて、 。「広宗の方面から逃げくずれて来る官軍を、黄巾の総帥張角の軍が、大賢良師と書いた旗を進め、勢いに乗って、追撃してくるのでござる」と、報告した。 玄徳は、驚いて、 。「では、広宗の官軍は、総敗北となったのか。
ところへまた、黄賊の総帥張角が、陣中で病没したため、総攻撃に出て、一挙に賊軍を潰滅させ、降人を収めること十五万、辻に梟くるところの賊首何千、さらに、張角を埋けた墳をあばいてその首級を洛陽へ上せ、 。(戦果かくの如し)と、報告した。 大賢良師張角と称していた首魁こそ、天下に満つる乱賊の首体である。張宝は先に討たれたりといっても、その弟にすぎず、張梁なおありといっても、これもその一肢体でしかない。 朝廷の御感は斜めならず、 。