冒頭 霊陵城(れいりょうじょう)とは、吉川英治『三国志』で、揚州刺史の劉繇が拠点とする本城として描かれる城郭です。孫策の江東攻略戦の局面で、劉繇方の防衛線が崩れたのちに敗兵が逃げ込む退却先ともなります。 概要 作中の...
冒頭 劉寵(りゅうちょう)とは、後漢末の皇族(劉氏)に連なる人物で、作中では太尉として名が挙がり、揚州刺史の劉繇の伯父、兗州刺史の劉岱の伯父に当たる親族として位置づけられます。 生涯 作中での直接的な活動場面は多くな...
冒頭 長史中郎将(ちょうしちゅうろうしょう)とは、漢代の官職名である「長史」と「中郎将」を重ねて呼んだ形で、軍政・文書を統轄する幕僚的地位と、将軍号・武官的地位の双方を帯びた重職を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、孫策が張...
冒頭 劉使君(りゅうしくん)とは、劉備玄徳を「使君」と敬って呼ぶ呼称です。吉川英治『三国志』では、劉備が徐州方面で太守として推戴される文脈や、諸侯・将が劉備を名指して呼ぶ場面で用いられます。 概要 「使君」は後漢末の...
冒頭 陶太守(とうたいしゅ)とは、徐州を治めた陶謙(とうけん)を、郡の長官である太守として呼ぶ敬称・呼称です。吉川英治『三国志』では「徐州の太守|陶謙」として登場し、老境の地方長官として描かれます。 生涯 陶謙は徐州...
冒頭 西涼軍(せいりょうぐん)とは、後漢末に西方の辺境である西涼を基盤として動いた軍勢、およびその系譜に連なる武装集団を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、董卓が西涼刺史として二十万の兵を擁したことが、西涼軍の出発点として示され...
冒頭 董太師(とうたいし)とは、後漢末に「太師」の官位にあって朝廷を圧し、長安政権の実権を握った董卓(とうたく)を、作中で呼ぶ敬称です。王允(おういん)が「巳の刻に、董太師がお越しになる」と来訪を告げるように、外形上は国家の元...
冒頭 長史(ちょうし)とは、官府や軍府において文書・記録・人事・出納などの実務を統轄し、長官を補佐する高位の属官です。 概要 長史は前漢以来の官名で、州牧・刺史・太守など地方長官の幕僚機構に置かれたほか、将軍府や丞相...
冒頭 郡守(ぐんしゅ)とは、郡を統治する長官の官職で、太守(たいしゅ)と同義に用いられる呼称です。吉川英治『三国志』でも「郡守(郡の長官、即ち太守)」として説明されます 。 概要 後漢末の地方行政は、州の下に郡、さら...
冒頭 諸侯(しょこう)とは、天子の下に爵位や封土を与えられた諸国の君主・領主の総称で、後漢末の文脈では州牧・刺史・太守などの地方官が軍事力を背景に自立し、各地で割拠する有力者を広く指す呼び名です。黄巾の乱以後、地方の長が逃散・...
冒頭 豫州(よしゅう)とは、後漢の州の一つで、作中では「予州(河南省)」として言及され、劉備がその牧に推挙・任命される土地として位置づけられます。 概要 州は広域行政区画であり、豫州は中原の要地をふくむ地域名として扱...
冒頭 渤海郡(ぼっかいぐん)とは、後漢以来の行政区分である「郡」の一つで、河北方面に置かれた地方統治単位です。 概要 郡は州の下位にあたり、太守などの官によって戸籍・徴税・治安維持・兵糧や兵員の動員が管掌されます。吉...
冒頭 牧(ぼく)とは、後漢末の行政区分である州を統治する長官を指す官職名で、一般に州牧ともいうです。吉川英治『三国志』では「徐州の牧」や「荊州の牧」のように、一定地域の支配権を公的に裏づける呼称として用いられます。 概要 ...
冒頭 仲穎(ちゅうえい)とは、後漢末に政権を専断した軍閥・董卓(とうたく)の字(あざな)です。吉川英治『三国志』では、洛陽還幸の途上で帝の行列を前に軍を進め、朝廷へ強い圧力を加える西涼(せいりょう)の大軍の主として登場します ...
冒頭 刺史(しし)とは、後漢の州に置かれた官で、州全体を管轄する知事に近い地位です。作中でも刺史は「州の知事」と説明され、郡の長官である太守より上位の地方官として位置づけられています。 概要 州は複数の郡から成り、刺...
冒頭 十八路諸侯(じゅうはちろしょこう)とは、董卓の専横を討つ名目で糾合された、諸州・諸国の軍勢連合を指す呼称です。吉川英治『三国志』では「会合の諸侯十八ヵ国。兵力数十万」とされ、第一鎮から第十七鎮まで陣を連ねたと記されます ...
冒頭 巡察使(じゅんさつし)とは、天子の命を奉じて地方へ出向き、官吏や豪族の不正、軍功の偽り、自称の官爵などを糺すために巡回する監察の使節です。作中では「天子の使い」「勅使」の一種として描かれ、洛陽からの巡察使が地方へ巡遊する...
冒頭 益州牧(えきしゅうぼく)とは、後漢の行政区画である益州を統治するために置かれた州牧の官職で、軍政・民政の実権を握る地方長官です。作中では、朝廷が劉焉を「益州の牧」に封じて四川方面の賊を討たせる任命として現れます 。 概...
冒頭 檄文(げきぶん)とは、国家や軍の名で広く人々に告げ、行動を促すために出される公式の文書です。主として討伐や挙兵の大義名分を示し、協力者の参集や服従を求める目的で用いられます。 概要 檄は「告げ示す」意を含み、檄文は罪状...
冒頭 太守(たいしゅ)とは、漢代の地方行政区画である郡の長官で、郡守(ぐんしゅ)とも呼ばれる官職です。作中でも「郡守(郡の長官、即ち太守)」として説明され、地方官としての到達点の一つに数えられています。 概要 太守は...
劉岱(りゅうたい)とは 後漢末の武将で、兗州(えんしゅう)の刺史を務めた人物。董卓討伐に立ち上がった十八路諸侯のひとりにも数えられる。 生涯 黄巾の乱や董卓との戦いに参加し、兗州を治めた。史実では袁術と対立して戦死し...
孔伷(こうちゅう)とは 後漢末の武将で、予州(現在の河南省周辺)の刺史を務めた人物です。吉川英治『三国志』にも登場し、董卓を討つために袁紹のもとへ馳せ集った十八路諸侯のひとりとして名が記されています。 生涯について詳しい史料...
陶謙(とうけん)とは 後漢末の武将・政治家で、徐州刺史を務めた人物。劉備を庇護したことで知られる。字は恭祖(きょうそ)。 生涯 陶謙は人望が厚く、後漢の末期に徐州を治めていた。黄巾賊の乱や群雄の割拠に直面しつつも、領...
橋玄(きょうげん)とは 後漢末の名士で、字は公祖(こうそ)。名望の高い人物で、若き日の曹操を見抜き評価したことで知られる。 生涯 橋玄は冀州安平の出身。学識と人格に優れ、地方官や朝廷の役職を歴任した。特に清廉で正義感...
喬瑁(きょうぼう)とは 後漢末の人物で、冀州刺史を務めた。董卓の横暴に対抗するため、反董卓連合に加わった群雄の一人。 生涯 喬瑁は冀州の刺史として勢力を持ち、董卓が朝廷を牛耳るとこれに反発。袁紹を盟主とした十八路諸侯...