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玉座

冒頭 玉座(ぎょくざ)とは、皇帝が朝廷で政務や儀礼を行う際に坐す座で、転じて皇帝の権威や統治権そのものを指す語です。漢末の政変では、玉座の所在と占有が天子の安全と国政の帰趨を左右する政治問題となりました。 概要 玉座...

用語
約2時間 ago
太后

冒頭 太后(たいこう)とは、皇帝の母や先帝の皇后が、皇帝の即位後に称する尊号です。後宮の主位として礼制上の「母儀」を担うと同時に、皇帝が幼少・政局不安の時期には、外戚や近臣の動きと結びついて政治権力の焦点になりえます。 概要 ...

用語
約3時間 ago
董相国

冒頭 董相国(とうしょうこく)とは、後漢末に朝廷の実権を握った董卓(とうたく)が自ら称した相国の官位にもとづく呼称です。董卓は天子を擁して後見を任じ、諸大臣の上位に立つものとして太政相国を名のり、宮門の出入りにも大きな威容を伴...

用語
約7時間 ago
永安

冒頭 永安(えいあん)とは、吉川英治『三国志』において、蜀の後方拠点として語られる永安城、および政変期に「永安宮」と呼ばれる宮城施設の名です。 概要 永安城は蜀に属する城で、前線に対する兵糧・物資輸送など、戦争の後方...

地名
約7時間 ago
永安宮

冒頭 永安宮(えいあんきゅう)とは、吉川英治『三国志』で、時期により二つの場所を指して用いられる宮殿名です。後漢末には董卓が廃帝(弘農王)と何太后を幽閉した洛陽の宮中の一郭をいい 、蜀漢では夷陵敗戦後の劉備が白帝城に退いてから...

地名
約7時間 ago
弘農王

冒頭 弘農王(こうのうおう)とは、後漢の皇帝であった少帝(劉弁)が董卓の廃立によって皇位を追われ、王号として改められた称号です。董卓は「現帝を弘農王とし、…代るに陳留王をもって、われらの皇帝として奉戴する」と宣して少帝を玉座から引...

人物
約7時間 ago
十常侍の乱

冒頭 十常侍の乱(じょうじょうじのらん)とは、後漢末の洛陽宮廷で権勢をふるった宦官集団十常侍が、外戚の何進と対立して殺害・粛清され、その過程で皇帝らが宮中から連れ去られるなど宮城と都が大混乱に陥った政変です。 概要 十常侍は...

用語
約8時間 ago
翡翠門

冒頭 翡翠門(ひすいもん)とは、後漢の都・洛陽の宮城に属する宮門の一つです。北宮にある門として言及され、宮廷の出入りや非常時の脱出経路としても機能しました。 概要 洛陽は王朝の政治中枢であり、宮城は城郭と瓦葺きの建築...

地名
約8時間 ago
北宮

冒頭 北宮(ほっきゅう)とは、後漢の都洛陽における宮城内の区画名で、皇帝や后妃が居住し政務・儀礼が営まれる禁中施設群の一つです。吉川英治『三国志』では、宮中の動乱時に十常侍が新帝・何太后・皇弟(陳留王)を擁して「北宮翡翠門」から脱...

地名
約8時間 ago
長楽宮

冒頭 長楽宮(ちょうらくきゅう)とは、後漢の都洛陽の宮城内にあった宮殿区画の一つで、禁中の要所として内門を備えた施設です。十常侍の張譲らが、武装した禁中の兵を「嘉徳門や長楽宮の内門」に伏せさせたとされ、宮中政変の舞台となります...

地名
約8時間 ago
嘉徳門

冒頭 嘉徳門(かとくもん)とは、後漢の都・洛陽の宮城内にあった禁中の門の一つで、内廷へ通じる要所として扱われる門です。 概要 嘉徳門は、外部の兵馬や臣下の出入りを制限しやすい位置づけの門として描かれ、宮中の実力者が禁...

地名
約8時間 ago
外戚

冒頭 外戚(がいせき)とは、皇帝の母方・后妃側の親族として、宮廷権力に強い影響を及ぼし得る一門のことです。 概要 後漢末の宮廷では、皇帝の近親として政治に参与しやすい外戚と、宮中実務を掌握する宦官勢力が対立しやすく、...

用語
約8時間 ago
弁太子

冒頭 弁太子(べんたいし)とは、後漢末の霊帝の皇子で、霊帝崩御後に大将軍何進らに擁立されて帝位に就いた皇太子です。霊帝の寵姫の一人である何后が生んだ皇子で、外戚として何氏の勢力伸長の根拠ともなりました。 生涯 霊帝の...

人物
約8時間 ago
嘉徳殿

冒頭 嘉徳殿(かとくでん)とは、後漢の都洛陽の宮城にあった殿舎名で、皇帝が百官を集めて政務や儀式を行う場として扱われる建物です。何進が「天子…嘉徳殿において、崩御」と告げるように、霊帝の崩御の場所としても語られます。 概要 ...

地名
約9時間 ago
協皇子

冒頭 協皇子(きょうおうじ)とは、後漢の霊帝の皇子で、のちに陳留王(ちんりゅうおう)を経て献帝(けんてい)として即位する人物です。霊帝の寵姫である王美人が生んだ皇子協であり、何后の嫉妬によって王美人が害され、協は董太后に預けら...

人物
約9時間 ago
弁皇子

冒頭 弁皇子(べんおうじ)とは、後漢の霊帝の皇子で、何后(のち何太后)が生んだ皇子です。外戚としての何進が権勢を得る背景ともなり、宮廷の後継争いの焦点となりました。 生涯 霊帝の病が重くなると、宮中では弁皇子と、王美...

人物
約9時間 ago
何太后

何太后(かたいこう)とは 何太后は後漢霊帝の皇后であり、少帝劉弁の生母。名は伝わっていないが、「何皇后」「何太后」として歴史に名を残す。外戚として兄の何進と共に権力を握ったが、やがて董卓により廃されて悲劇的な最期を遂げた。 ...

人名
6ヶ月 ago
董太后

董太后(とうたいこう)とは 董太后は後漢霊帝の母で、桓帝の後宮出身。霊帝の即位により太后となり、後宮や政治に大きな影響を持った人物。宦官勢力と結びつき、後漢の政治腐敗の象徴的存在とされる。 生涯 董氏は桓帝の妃の一人...

人名
7ヶ月 ago
劉協

劉協(りゅうきょう)とは 劉協は、後漢の皇子で、後に献帝(けんてい)として即位した後漢最後の皇帝である。霊帝の子で、少帝劉弁の異母弟にあたる。 生涯 劉協は霊帝の皇子として生まれ、母は霊思皇后(王美人ではない)。聡明...

人名
7ヶ月 ago
何后

何后(かこう)とは 何后は後漢霊帝の皇后で、名は伝わっていないが「何皇后」として知られる。霊帝の寵愛を受けて皇后となり、後に外戚として権力を握ったが、やがて宮中の権力抗争の中で悲劇的な最期を遂げた。 生涯 何后は屠夫...

人名
7ヶ月 ago
何進

何進(かしん)とは 何進は、後漢末期の大将軍で、霊帝の皇后である何皇后の兄。もとは屠殺業を営む庶民の出であったが、妹が皇后となったことで急速に出世し、やがて宦官討伐を試みたが逆に殺害された。 生涯 何進はもとは屠夫で...

人名
7ヶ月 ago
春園走獣

一  まだ若い廃帝は、明け暮れ泣いてばかりいる母の何太后と共に、永安宮の幽居に深く閉じこめられたまま、春をむなしく、月にも花にも、ただ悲しみを誘わるるばかりだった。  董卓は、そこの衛兵に、 「監視を怠るな」と厳命しておいた...

本文 桃園の巻 三国志
7ヶ月 ago
天颷_一

天颷 一  董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。  呂布は、家にあったが、 「はてな?」  窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...

群星の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
天颷

天颷 一  董太師、郿塢へ還る。――と聞えたので、長安の大道は、拝跪する市民と、それを送る朝野の貴人で埋まっていた。  呂布は、家にあったが、 「はてな?」  窓を排して、街の空をながめていた。 「今日は、日も吉い...

群星の巻 本文 三国志
7ヶ月 ago
呂布

一  洛陽の余燼も、ようやく熄んだ。  帝と皇弟の車駕も、かくて無事に宮門へ還幸になった。  何太后は、帝を迎えると、 「おお」  と、共に相擁したまま、しばらくは嗚咽にむせんでいた。  そして太后はすぐ、 ...

本文 桃園の巻 三国志
7ヶ月 ago