五台山
冒頭
概要
歴史
五台山下の部落は、土豪の劉恢が村長役も兼ねることで「悪吏も棲まず、匪賊の害もなかった」と記され、戦乱の外縁にある比較的安穏な土地として描かれます。
関連人物
作中での位置づけ
玄徳は別離の折に「涼秋の八月、再び三人して、五台山の月を見よう」と述べ、五台山を再会の約束の場としても用います。 その後、玄徳らは五台山麓の劉恢邸から一時身を去り、同行してきた者たちを劉家に託して再起の機会を待つ段取りが語られます。
史実との違い
二。 北へ、北へ、車馬と落ち行く人々の影はいそいだ。 幾度か、他州の兵に襲われ、幾度か追手の詭計に墜ちかかり、百難をこえ、ようやくにして代州の五台山下までたどりついた。「張飛。御身の指図で、ここまではやって来たが何か落着く先の目的はあるのか。
一。 その翌日である。玄徳たち三名は、にわかに五台山麓の地、劉恢の邸宅から一時身を去ることになった。 別れにのぞんで、主の劉恢は、落魄の豪傑玄徳らのために別離の小宴をひらいて、さていうには、 。「また、時をうかがって、この地へぜひ戻っておいでなさい。
実に今を去る十何年か前。 まだ玄徳が、沓を売り蓆を織っていた逆境の時代――黄河のほとりにたって、洛陽船を待ち、母のみやげにと茶を求めて帰る旅の途中、曠野でめぐり逢った白芙蓉という佳人が、いまの糜夫人であった。 五台山の劉恢の家に養われて、久しく時を待っていた彼女は、その後玄徳に迎えられて、室に侍したものであった。 一子がある。六歳になる。