宮門
冒頭
宮門(きゅうもん)とは、皇帝の居所である宮城禁中への出入口にあたる門、またはその一帯を指す呼び名です。吉川英治『三国志』では、洛陽の朝廷が置かれる場の境界として、使者や百官の出入り、禁中の警備、政変時の封鎖や放火の起点などを示す語として現れます。
概要
宮門は、宮中と外廷を分かつ実務上の要所であり、平時には百官の参内・退出の動線を定め、非常時には兵が門を固めて人の出入りを制し、宮中の情報が外へ漏れるのも外から侵入するのもここで遮断されました。作中でも、宮門の内外で情勢が一変し、門上から処断の結果が告げられるなど、権力が可視化される地点として扱われます。
歴史
後漢末の政変では、宦官勢力と外戚・武人勢力の対立が宮門周辺で噴出し、何進の死が門外へ示される形で処理され、これを契機に宮中へ乱入・放火が起こります。 また董卓の遷都に際しては、洛陽を焦土化する命令の中で、放火が「まず、宮門から」始まったとされ、都城破壊の象徴的な起点としても語られます。 後に帝が洛陽へ戻った場面では、かつての「城楼宮門の址」さえ荒野と化したと述べられ、王都機能の崩壊を示す語となります。
関連人物
宮門の警備や取締りは官人の職掌でもあり、作中では曹操が洛陽時代に「宮門の警吏」を務め、罪人への扱いに通じていた背景として触れられます。 宮門をめぐる事件には、何進・袁紹ら外戚方、張譲ら宦官、董卓、宮中警護に関わる禁兵などが連動して現れます。
史実との違い