宦官
冒頭
宦官(かんがん)とは、去勢された男性で、後漢の宮中では内廷の雑務や皇帝の側近奉仕を担い、君側に近い地位から政治権力にも関与した内官のことです。民間では宮中の内官を指して宦官と呼び、皇帝の周囲と後宮にも勢力を持つ存在として描かれます。
概要
後漢末には、宦官が官職任用や賞罰に影響を及ぼし、賄賂によって官禄を与えたり、反対者を貶めたりするなど政事を乱す要因として語られます。 宮中の内務を宦官がつかさどるのは漢朝以来の伝統である、という擁護論も示され、単なる「宮廷内の雑務担当」ではなく、制度として宮廷運営に組み込まれた存在であったことがうかがえます。
意味
作中で宦官は、皇帝近侍として「君側の権をにぎり」政治に関与する立場として説明されます。とくに十常侍は「十人の内官」とされ、中心人物として張譲・趙忠・段珪・夏輝などが挙げられ、参議に当たる議郎の職掌を通じて枢密の政事にも関わったとされます。
歴史
宦官勢力は、外戚・大臣層との対立を生み、何進らが宦官を討つ計画を議する一方で、宦官側も先手を打って政敵排除を策し、宮中の政変へ連鎖していきます。何進が宦官誅殺を口にし、曹操が宮中での宦官勢力の強さを警告する場面があり、武力での粛清が容易でない政治構造が示されます。 その後、宦官と見なされた者が宮中で殺害される混乱も記され、宦官問題が政局と治安を大きく揺らす争点だったことが分かります。
関連人物
十常侍が宦官集団の代表として語られ、張均の諫言が十常侍に察知されて排除されるなど、諫官や大臣層と衝突する構図が示されます。 また、曹操の養祖父の曹騰が中常侍で「いわゆる宦官」であったことが述べられ、宦官が高位の官職に就き、門閥・家柄の評価にも影響し得た点が触れられます。
史実との違い