左豊

冒頭
左豊(さほう)とは、後漢末の朝廷から派遣された勅使で、戦地の軍務を監察する軍監として諸将の戦況を検分した人物です。吉川三国志では「黄門左豊」とも記され、宦官勢力と結びつく朝廷側の使者として登場します。
 
生涯
黄巾の乱の戦局下、広宗方面の官軍を率いた盧植の陣営へ勅使として赴き、軍状視察を行います。盧植が他の将軍のように献物を送らなかったことを理由に、左豊が賄賂を要求し、拒まれると遺恨を抱いて帰洛した経緯が語られます。
その後、左豊の奏上により盧植は「軍務に不届きあり」とされ、官職を褫奪されて囚人として都へ護送されることになり、劉備檻車盧植と再会する契機になります。
 
人物像
天子の使いという権威を背景に、戦地の将帥に対して献物や賄賂を求め、応じない者を不利に扱う存在として位置づけられます。盧植が「献物を贈らなかった」「賄賂を求められて断った」結果として処罰に結びついた因果が、左豊の性向を示す要点です。
 
関係人物
盧植は左豊によって失脚させられた当事者として語られます。
また劉備は、盧植の件に連なる朝廷監軍として左豊の名を聞き、護送中の盧植に面会しようとする場面でその影響が及びます。
 
有名なエピソード
盧植の陣に来た左豊が賄賂を自ら要求し、拒否されると恨んで帰洛し、奏上によって盧植の官職褫奪と護送を招いた一件が、左豊の代表的な事件として扱われます。
 
史実との違い
吉川三国志での左豊は、演義で広く知られる「監軍宦官が賄賂を求め、盧植を陥れる」筋立てと同系統で、盧植失脚の直接原因として明確に機能します。
「左豊」の基本情報
総登場回数
8回
活動期間
1巻にわたって登場
初回登場
桃園の巻
最終登場
桃園の巻
最も活躍した巻
桃園の巻 (8回登場)
「左豊」登場回数
合計: 8回
0 2 4 6 8 8 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前