天下三分の計
冒頭
天下三分の計(てんかさんぶんのけい)とは、諸葛孔明が劉備に示した政略と軍略の大方針で、曹操が北を、孫権が南を押さえる情勢のなかで、劉備が荊州と益州を基盤として第三の勢力を樹立し、鼎足の形で天下を三分して対抗均衡を作る構想です。
概要
吉川三国志では孔明が「支那三分の計」とも呼ぶ持論として体系化して述べ、曹操を「天の時」、孫権を「地の利」と捉えたうえで、劉備は「人の和」をもって鼎立を成すべきだと説きます。 その実行手順として、荊州を起点に益州へ進出し両州を跨有して初めて曹操と対立でき、呉には和戦両様の外交を行い、さらに漢室復興の可能性にも道が開けるとされます。
意味
計の核心は、広大な中国全土の統一が容易でない現実を前提に、未確定の西方である荊州・益州に勢力圏を確保して、魏呉の二大勢力と三角形の均衡を作る点にあります。 また対外運用として、遠い呉と近い曹の利害を衝突させて相殺し、その間に自陣営の内容を拡充してから大策を行う、という段階論も示されます。
関連人物
史実との違い