御車
冒頭
概要
御車は「車」という実体だけでなく、「天子の所在」「朝廷の正統」を象徴する存在として扱われます。献帝が長安の混乱を逃れて弘農・洛陽方面へ動座する途上、御車をめぐって李傕・郭汜らの兵が追撃し、また護送側が必死に守り立てる状況が描かれます。
意味
語としては「御(み)」の敬語を伴う「車」で、特に天子の車駕を指し得ます。作中でも「漢の天子の…還幸せらるる御車」と明示され、簾を掲げて帝の姿を示すことで兵がひれ伏すなど、車が権威の証拠として機能します。
用法と当時の文脈
献帝の逃避行では、宮廷の整った乗物ではなく牛車などの粗末な車に乗せ替える局面もありますが、それでも帝が乗る以上は御車として扱われ、移動の可否が生死と政局を左右します。
関連人物
献帝の御車は楊琦が不敬を戒めて通行を迫り、楊奉や董承らが護衛し、郭汜が奪取のため追撃するなど、諸勢力の利害が交差する焦点となります。なお、関羽が二夫人の車を指して「御車」と呼び、衛兵の接近を制する例もあり、敬称が高貴な同乗者の保護と結びついて用いられます。
史実との違い