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伝国の玉璽

冒頭 伝国の玉璽(でんこくのぎょくじ)とは、天子の印章として国土の継承と正統を示す朝廷の宝器です。孫策の周辺では「玉璽といえば、天子の印章」と説明され、これを持つことが帝位僭称の根拠になり得るものとして扱われます。 概要 ...

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約1ヶ月 ago
封禅

冒頭 封禅(ほうぜん)とは、天子が泰山などの名山で天と地に祭祀を行い、天下統治の正当性と太平を奉告する国家的な大典です。「封」は泰山の頂で天に告げて土を封じる儀、「禅」は山の麓で地に報いて祭る儀を指し、両者を合わせて封禅といい...

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約1ヶ月 ago
九錫

冒頭 九錫(きゅうしゃく)とは、皇帝が功臣に与える九種の特別な賜与で、臣下としての栄誉を極めたことを示す礼制です。曹操が「魏公」となり九錫の儀仗に護られる身となった経緯が述べられます 。 概要 九錫は、本来は天子の権...

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約1ヶ月 ago
建安文学

冒頭 建安文学(けんあんぶんがく)とは、後漢末の建安年間を中心に、曹操政権の周辺で隆盛した詩文の総称です。吉川英治『三国志』では、建安の年次が政局の区切りとして語られ、たとえば建安九年の冀州平定など時代の推移が示されます。 ...

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約1ヶ月 ago
濡須口の戦い

冒頭 濡須口の戦い(じゅしゅこうのたたかい)とは、長江下流の要地である濡須の河口付近をめぐって、主に魏と呉が衝突した一連の会戦を指す呼称です。呉の都建業に近い防禦線であり、ここを破られることは中枢への直接的脅威となりました。 ...

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約1ヶ月 ago
禅譲

冒頭 禅譲(ぜんじょう)とは、天子が自発的な譲位という形式をとって、帝位を他者に譲る政治的手続きです。王朝交替を正当化する理念としては、古代の堯が舜に位を譲ったという先例が引かれます 。 概要 三国志の時代に禅譲が問...

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約1ヶ月 ago
三国鼎立

冒頭 三国鼎立(さんごくていりつ)とは、魏・蜀・呉の三国が並び立ち、相互に牽制しあって一国による統一が直ちに実現しない勢力均衡の状態を指す語です。吉川英治『三国志』では、諸葛孔明が「天下三分」の方針として三国鼎立の実現を期す構...

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約1ヶ月 ago
天子

冒頭 天子(てんし)とは、天の命を受けて天下を治めるとされた君主、すなわち皇帝の称号です。吉川英治『三国志』では主として後漢の皇帝を指し、献帝が「天子の位」に立てられることや、禁門に掲げられる「天子」の威光が軍勢の行動を制する...

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約1ヶ月 ago
華歆

冒頭 華歆(かきん)とは、曹操・曹丕の政権下で要職を歴任し、漢末から魏初にかけて宮廷の意思決定と権力移行に深く関わる重臣です。後に魏の官制で大尉に列し、王朗・陳群らと並ぶ高位の文官として扱われます。 生涯 曹操の近臣...

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約1ヶ月 ago
曹沖

冒頭 曹沖(そうちゅう)とは、魏王曹操の子の一人として史書に名が見える少年で、聡明さをもって知られた人物です。 生涯 史実では曹操の息子として幼少から才知を示し、短命のまま早世したと伝えられます。成人して政治・軍事の...

人物
約1ヶ月 ago
李豊

冒頭 李豊(りほう)とは、蜀の重臣で白帝城の鎮守である李厳(りげん)の子で、諸葛孔明の北伐期に父の使者として政軍の連絡に携わる人物です。 生涯 祁山・渭水方面で孔明が長安進撃を構想していた折、白帝城から孔明のもとへ唐...

人物
約1ヶ月 ago
陳群

冒頭 陳群(ちんぐん)とは、曹魏の朝廷で重職を担い、漢から魏への禅譲と、その後の政権運営に関与する文臣です。 生涯 作中では、魏の群臣が天の瑞祥を口実に「受禅」を公然と議しはじめた局面で、陳群は尚書令の桓楷、陳矯らと...

人物
約1ヶ月 ago
甄氏

冒頭 甄氏(しんし)とは、袁紹(えんしょう)家の一族に連なる女性で、のちに魏の曹丕(そうひ)の後宮に入り、太子曹叡(そうえい)の生母となった人物です。傾国の美人として語られ、河北攻略の戦後処理の中で曹家に取り込まれていきます。...

人物
約1ヶ月 ago
曹洪

曹洪(そうこう)とは 後漢末から三国時代にかけての武将で、魏の曹操に仕えた重臣。字は子廉(しれん)。曹操の従弟であり、曹仁の兄弟と並んで曹氏一族を代表する勇将の一人。 生涯 曹操の挙兵当初から従い、常に軍の中核を担っ...

三国志 人名
8ヶ月 ago
献帝

献帝(けんてい)とは 後漢の最後の皇帝、名は劉協(りゅうきょう)。霊帝の子として生まれ、在位は189年から220年まで。形式的には皇帝でありながら、実権を握れず群雄に翻弄された悲劇の君主である。 生涯 幼くして父・霊...

三国志 人名
8ヶ月 ago
劉協

劉協(りゅうきょう)とは 劉協は、後漢の皇子で、後に献帝(けんてい)として即位した後漢最後の皇帝である。霊帝の子で、少帝劉弁の異母弟にあたる。 生涯 劉協は霊帝の皇子として生まれ、母は霊思皇后(王美人ではない)。聡明...

人名
8ヶ月 ago
曹操孟徳

曹操孟徳(そうそう もうとく)とは 曹操は後漢末から三国時代初期にかけて活躍した群雄で、魏の基礎を築いた人物である。字は孟徳(もうとく)。その才能と多面性から「治世の能臣、乱世の奸雄」と評される。 魏王(ぎおう)とは ...

人名
8ヶ月 ago
改元

一  魏では、その年の建安二十五年を、延康元年と改めた。  また夏の六月には、魏王曹丕の巡遊が実現された。亡父曹操の郷里、沛の譙県を訪れて、先祖の墳を祭らんと沙汰し、供には文武の百官を伴い、護衛には精兵三十万を従えた。  沿...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
孔明を呼ぶ

一  蜀を破ったこと疾風迅雷だったが、退くこともまた電馳奔来の迅さであった。で、勝ち驕っている呉の大将たちは、陸遜に向って、 「せっかく白帝城へ近づきながら石の擬兵や乱石の八陣を見て、急に退いてしまったのは、一体いかなるわけです...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
南蛮行

一  壮図むなしく曹丕が引き揚げてから数日の後、淮河一帯をながめると縹渺として見渡すかぎりのものは、焼け野原となった両岸の芦萱と、燃え沈んだ巨船や小艇の残骸と、そして油ぎった水面になお限りなく漂っている魏兵の死骸だけであった。 ...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
蜀また倣う

一  曹丕が大魏皇帝の位についたと伝え聞いて、蜀の成都にあって玄徳は、 「何たることだ!」と、悲憤して、日夜、世の逆しまを痛恨していた。  都を逐われた献帝は、その翌年、地方で薨去せられたという沙汰も聞えた。玄徳はさらに嘆き...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
食客

一  北方攻略の業はここにまず完成を見た。  次いで、曹操の胸に秘められているものは、いうまでもなく、南方討伐であろう。  が、彼は、冀州城の地がよほど気に入ったとみえて、ここに逗留していること久しかった。  一年余の工...

孔明の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
曹操死す

一  せっかく名医に会いながら、彼は名医の治療を受けなかった。のみならず華陀の言を疑って、獄へ投じてしまったのである。まさに、曹操の天寿もここに尽きるの兆というほかはない。  ところが、典獄の呉押獄は、罪なき華陀の災難を気の毒に...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
出師の表

一  馬謖は云った。 「なぜか、司馬懿仲達という者は、あの才略を抱いて、久しく魏に仕えながら、魏では重く用いられていません。彼が曹操に侍いて、その図書寮に勤めていたのは、弱冠二十歳前後のことだと聞いています。曹操、曹丕、曹叡、三...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago
武祖

一  曹操の死は天下の春を一時寂闇にした。ひとり魏一国だけでなく、蜀、呉の人々の胸へも云わず語らず、人間は遂に誰であろうとまぬがれ難い天命の下にあることを、今さらのように深く内省させた。 「故人となって見れば彼の偉大さがなお分る...

出師の巻 本文 三国志
8ヶ月 ago