嘉徳殿

冒頭
嘉徳殿(かとくでん)とは、後漢の都洛陽宮城にあった殿舎名で、皇帝が百官を集めて政務や儀式を行う場として扱われる建物です。何進が「天子…嘉徳殿において、崩御」と告げるように、霊帝の崩御の場所としても語られます。
 
概要
作中では、朝廷の重事が行われる「殿上」として現れ、皇帝の玉座と百官の列が置かれる政治空間として機能します。董卓が皇帝を嘉徳殿に「請じて」百官の出仕を強制し、李儒に宣文を読ませて廃立を断行しようとする場面は、嘉徳殿が権力の正統性を演出する舞台であることを示します。
 
歴史
宮廷建築の「殿」は、皇帝が公的に臣下と相対し、詔勅・策文などを通じて政治決定を公示する中心施設でした。嘉徳殿はその一つとして、霊帝崩御の報が伝えられる場所となり、また董卓が宣文を読ませたのち殿内が静まり返り、何太后が帝位の保持を訴えるなど、廃立の局面を包む公式空間として描かれます。
 
関連人物
霊帝は嘉徳殿で崩御した皇帝として言及されます。 董卓は嘉徳殿で百官を威圧し、帝位の廃立を進める中心人物として登場します。 李儒は殿上で宣文を朗読する役を担い、何太后は殿内で帝を守ろうとする立場で描かれます。
 
史実との違い
吉川三国志では嘉徳殿が霊帝崩御や董卓の廃立工作の具体的な舞台として明示される一方、史実・他資料では宮中殿舎名や出来事の場の特定が必ずしも同じ形で一貫して伝わるとは限りません。
「嘉徳殿」登場回数
合計: 3回
0 0 1 2 3 3 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約4時間前