大興山 地名 冒頭 大興山(たいこうざん)とは、吉川英治『三国志』で黄巾賊の一大集団が拠って官軍に抗した、青州にある山地として描かれる地名です。作中では「青州|大興山の附近一帯(山東省|済南の東)」と位置づけられます。 概要 大興山一帯は、黄巾賊が「五万以上」ともいわれる兵力を集め、険阻な地形を利用して長期の陣を備える拠点となります。 官側は幽州太守の劉焉が家臣の校尉鄒靖に大軍を与えて討伐に向かわせ、劉備(玄徳)が関羽・張飛とともに五百余騎で先陣に加わり、初陣の戦場として大興山麓へ進出します。 歴史 作中の会戦では、賊が「山の襞や谷あい」などに陣を張り、地の利を得て奇襲や後路遮断を狙いうる状況が示されます。 この局面で劉備は長陣の不利を避け、決戦を求めて山麓近くに迫り鼓を鳴らして挑戦するなど、山岳戦特有の攻防が展開します。 戦後、一行は「大興山を後にして」凱旋し、直後に青州方面の急報が届く流れとなり、黄巾の乱が各地へ波及していることが強調されます。 関連人物 劉焉、鄒靖、劉備(玄徳)、関羽、張飛が大興山討伐に直接関わる人物として結びつきます。 史実との違い 大興山は作中で具体的に「済南の東」として提示されますが、史書の叙述では同名の山地が劉備の初陣の主舞台として広く定着しているとは限らず、地名の扱いは作品上の構成による面が残ります。 「大興山」登場回数 合計: 4回 0 1 2 3 4 4 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻 「大興山」が登場する場面 1件 転戦 「さもあらん」と、劉焉はうなずくことしきりでなおさら、親しみを改め、左右の関、張両将をあわせて、心から敬いもした。 折ふし。 青州大興山の附近一帯(山東省済南の東)に跳梁している黄巾賊五万以上といわれる勢力に対して太守劉焉は、家臣の校尉鄒靖を将として、大軍を附与し、にわかに、それへ馳け向わせた。 関羽と、張飛は、それを知るとすぐ、玄徳へ向って、「人の歓待は、冷めやすいものでござる。歓宴長くとどまるべからずです。 本文 桃園の巻 三国志 「大興山」を全て検索