李暹

冒頭
李暹(りせん)とは、長安の混乱期に李傕(りかく)一派に属し、献帝皇后の身柄を押さえて政局の主導権を握ろうとした武人です。李傕側の人物として「李司馬の甥」とも記されます。
 
生涯
李傕郭汜(かくし)が長安で争った際、宮中の混乱に乗じて龍座へ迫り、献帝皇后を輦に移して連れ去りました。 その後、帝と皇后は李暹の手で李司馬の軍営へ曳きこまれ、李傕と李暹(叔父甥)の相談により、董卓の別荘で堅城でもある郿塢(びう)へ移され、幽室に監禁されます。
のち曹操軍との戦いでは、李傕の甥として李別(りべつ)と並び前衛に立ち、剛腕を誇る将として描かれますが、許褚(きょちょ)に斬り落されて戦死します。
 
人物像
状況判断の早さと実力行使を特徴とし、天子の確保を優先して実力で連行する行動にその性格が示されます。
 
血縁
李傕の甥として登場し、作中では李傕と「叔父甥」の間柄として扱われます。
 
関係人物
李傕とは同陣営で、献帝皇后の移送と拘束の方針を共に決します。 また、献帝連行の場面では賈詡(かく)と左霊(されい)を監視役として付けています。 討死の相手は曹操配下の許褚です。
 
有名なエピソード
長安の混乱の最中に「そうだ。……天子をこっちへ」と気づき、献帝皇后を輦へ移して後宰門から連れ去り、帝の所在が争奪の焦点となる発端を作ります。
 
有名なセリフ
「そうだ。……天子をこっちへ」
 
史実との違い
吉川三国志では、帝の拘束と前線での討死が明確に結びつく形で整理されており、同名人物に関する史料上の扱いよりも筋立て上の役割が強調されます。
「李暹」の基本情報
総登場回数
5回
活動期間
2巻にわたって登場
初回登場
群星の巻
最終登場
草莽の巻
最も活躍した巻
群星の巻 (3回登場)
「李暹」登場回数
合計: 5回
0 0 1 2 3 0 桃園の巻 3 群星の巻 2 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前