滎陽城
冒頭
滎陽城(けいようじょう)とは、後漢末に洛陽と関中方面(長安)を結ぶ交通路上にある滎陽の城で、遷都や追撃戦の要点となった城塞です。董卓が洛陽を捨てて西へ退く途上、帝の車駕を伴う一行が滎陽まで来て足を止め、追撃への備えを整える場として描かれます 。
概要
滎陽城は、城そのものの防御だけでなく、城背後の山地・谷間を利用した軍事行動と結びついて語られます。董卓方の李儒は、滎陽城のうしろの山岳を指して、伏兵を隠すのに適する地形であると述べ、追撃軍を誘い込む計画の根拠とします 。
歴史
作中では、洛陽から長安へ退く董卓軍の殿軍運用と、これを追う曹操軍の行動が滎陽城を軸に展開します。曹操は城を突破して敗走する敵を追い、山谷へ入り込むが、李儒の計で大兵が伏せられており、谷間や断崖からの攻撃で包囲され大敗します 。その後も滎陽城太守の徐栄の軍勢が曹操を追い、曹操は矢を受けて危地に陥る経緯が示されます 。
関連人物
董卓は遷都の途上で滎陽に至り、李儒の献策に依って追撃への対策を図ります 。呂布は李儒の謀計に従い山中に潜み、追撃してきた曹操軍の敗勢に乗じて前面に現れます 。また滎陽城太守の徐栄は、戦闘の局面で曹操を直接追撃する武将として位置づけられます 。