玉座
冒頭
概要
玉座は宮殿の正殿などに置かれ、百官が拝礼して詔勅や任免が発せられる中心でした。官僚機構が皇帝の名義で動く体裁を保つため、武人や外戚・宦官が実権を握る局面でも、玉座は正統性の象徴として利用されました。霊帝期には十常侍が「玉座」を暴政の足場とした趣旨が示されます。
意味
語義としては「玉の飾りを施した高座」ですが、政治語彙としては「天子の位」「神器を体現する座」を含意します。そのため「玉座から降りる」ことは、単なる起立ではなく、廃立や退位に連なる行為として扱われ得ます。董卓が献帝を玉座から引き降ろし廃位を宣する場面は、この含意を前提に展開します。
当時の文脈での使われ方
漢末の混乱では、天子の身柄移動がそのまま玉座の移動として語られ、玉座の「安泰」を図る、玉座を「遷す」といった表現が政治的・軍事的な意味を帯びます。李傕・郭汜の争乱では、天子を擁して玉座を動かすことが、相手の「大逆」を糾弾する口実にもなります。
関連人物
史実との違い
玉座自体は一般的な君主権の象徴語で、吉川三国志でも史実・演義と同様の意味領域で用いられ、特定の制度解釈が大きく改変される類の語ではありません。