翡翠門

冒頭
翡翠門(ひすいもん)とは、後漢の都・洛陽宮城に属する宮門の一つです。北宮にある門として言及され、宮廷の出入りや非常時の脱出経路としても機能しました。
 
概要
洛陽は王朝の政治中枢であり、宮城は城郭と瓦葺きの建築群に囲まれていました。その宮門の一つである翡翠門は、百官の車が出入りする地点として描写され、宮廷行政の動線上に位置づけられています。
 
歴史
後漢末、十常侍の勢力が宮中で事件を起こした際、張譲段珪らは新帝(少帝)と何太后協皇子(のちの陳留王)を伴い、北宮の翡翠門から宮城を離脱しようとしました。これを中郎将盧植が追い、何太后のみが引き留められる展開につながります。
 
関連人物
張譲段珪十常侍の一派)、少帝、何太后協皇子陳留王)、盧植が、翡翠門をめぐる事件の主要な関係者として登場します。
 
史実との違い
吉川三国志では宮中の混乱の焦点となる門として翡翠門が具体名で示される一方、史実・演義での宮城内の門名や経路の扱いは記述の精粗や焦点が一定せず、作品では場面構成上の要所として整理されている場合があります。
「翡翠門」登場回数
合計: 2回
0 0 1 1 2 2 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約6時間前