大漢
冒頭
大漢(たいかん)とは、漢王朝を「大いなる漢」と尊称して呼ぶ語で、吉川英治『三国志』では、とくに後漢末の献帝政権とその正統性を指す文脈で用いられます。作中では「大漢の帝系もまさに終らんとする気運」など、漢王朝の命運が尽きつつあるという時勢判断と結びつけて語られます。
概要
「漢朝」「漢室」と同系列の呼称で、朝廷・皇帝・宗廟を中心とする国家秩序全体を含意します。作中では、曹操が献帝を擁して実権を握る状況が進むにつれ、漢の旧臣が「漢朝の世代を継いで皇帝を名乗らんとする」動きを警戒し、漢への忠義を掲げる立場から対抗を企てる根拠にもなります。
歴史
後漢末(霊帝以後)には、内争と政の乱れで朝廷の統制が弱まり、各地の群雄が割拠して「漢朝の運気は尽きている」として禅譲を迫る動きも現れます。献帝は許都にあって名目上の君主として存続する一方、曹操の専横のもとで「朝はあってなきが如き」状態とされ、大漢の権威が政治闘争の焦点となります。
関連人物
献帝は大漢の「天子」として擁され、劉備は「漢室の宗親」として漢の正統を掲げる側に位置づけられます。これに対し曹操は、漢に仕える家柄でありながら「漢室を晦うしている」存在として非難され、大漢の名分をめぐる対立軸を形成します。
史実との違い
「大漢」という表現自体は尊称的用法で、国号としての正式表記は一般に「漢(後漢)」であり、作中では正統論を明確化する呼び名としての機能が前面に出ます。