孫呉

冒頭
孫呉(そんご)とは、孫堅孫策の基業を継いだ孫権を中心に、江東江南を地盤として成立した政権で、三国鼎立期の「呉」にあたる国です。小説中でも「南方の強国」として描かれ、長江水系の地の利と精強な水軍を背景に魏と対抗します。
 
概要
孫呉の中枢は建業秣陵、現在の南京)に置かれ、対外的には魏・蜀との均衡をはかりつつ、時に蜀呉同盟にもとづく共同作戦や、魏への進攻計画を論じる国家として示されます。
 
歴史
孫策の急死後、孫権が十九歳で印綬を継いで呉の主となり、張昭には内政、周瑜には軍事を問えという遺言が統治体制の骨格として語られます。
また孫策の死を機に、曹操が呉討伐を図ろうとする動きが出る一方、弔意と恩命として孫権を将軍・太守に封ずる対応も描かれ、呉が当面は魏に「従うと見せ」つつ機をうかがう国策を採った経緯が述べられます。
建業では魏使の来訪をめぐり、官爵を受けることの可否や礼を争う場面があり、呉が形式的な臣従と実質的自立の間で外交を運用していたことが示されます。
 
政治と軍事
孫呉は長江を軸にした水上戦力を特色とし、赤壁以来の魏との宿敵関係が繰り返し言及されます。
対蜀関係では同盟にもとづく共同の討魏が構想され、蜀使の費褘に対し孫権が自ら大軍を率いて長江を溯る意志や進攻路を語るなど、三国の一角として自立した戦略主体として描かれます。
国内的には、孫権が群臣に諮問し、宿老の張昭がしばしば歯止め役となる構図が示され、安寧と富を背景に軽挙を戒める意見も語られます。
 
関連人物
孫権を中心に、張昭顧雍らの文臣、周瑜韓当周泰らの武人が呉の支柱として登場し、危地での主君救出などを通じて軍団の結束も描かれます。
 
史実との違い
吉川三国志では、呉の自立性や南方国家としての性格を強調する叙述が多く、史実・演義に見られる官号や外交儀礼の位置づけとは、場面ごとの整理や比重に差が出ることがあります。
「孫呉」登場回数
合計: 5回
0 0 1 1 2 1 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 1 赤壁の巻 1 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 2 五丈原の巻
最終更新日: 約6時間前