安喜県
冒頭
安喜県(あんきけん)とは、後漢末の地方行政区画である県の一つで、吉川英治『三国志』では劉備玄徳が県尉として赴任し、地方官としての最初期の経歴を形づくる任地として登場する地名です。任地は中山府(河北省・定県)の安喜県とされます。
概要
歴史
劉備の着任後、県中の政治は改まり、盗賊が影をひそめ、民が安んじたと描かれます。
関連人物
史実との違い
張均のことがあったので、十常侍も反対せず、むしろ自分らの善政ぶりを示すように、ほんの形ばかりな辞令を交付した。 その中に、劉備玄徳の名もあった。 それによって、玄徳は、中山府(河北省・定県)の安喜県の尉という官職についた。 県尉といえば、片田舎の一警察署長といったような官職にすぎなかったが、帝命をもって叙せられたことであるから、それでも玄徳は、ふかく恩を謝して、関羽、張飛を従えて、即座に、任地へ出発した。 もちろん、一官吏となったのであるから、多くの手兵をつれてゆくことは許されないし、必要...
苦楽を共にする気でご主人に従って参れ」と、いい渡した。 貰う物を貰って、自由にどこかへ去る者もあり、どこまでも、玄徳様に従ってと、残る者もあった。 かくて夜に入るのを待ち、手廻りの家財を驢や車に積み、同勢二十人ばかりで、遂に、官地安喜県を後に、闇にまぎれて落ちて行った。 ――一方の督郵は。 あの後、間もなく、下吏の者が寄ってきて、役所の中へ抱え入れ、手当を加えたが、五体の傷は火のように痛むし、大熱を発して、幾刻かは、まるで人事不省であった。