冒頭 司馬祭酒(しばさいしゅ)とは、軍事をつかさどる府(司馬府)に属する幕僚職の一つとして用いられる官名で、作戦立案や軍政上の起案・文書などを補佐する立場を指す呼び名です。吉川英治『三国志』では、許都整備後の曹操の幕府編成にお...
冒頭 太白星(たいはくせい)とは中国の伝統的天文学・占星術で金星を指す呼称で、戦乱や政変などの吉凶を占う際に重視された星です。 概要 太白は五行で「金」に配され、天文現象としての運行や見え方が、王朝の興亡・軍事の動き...
冒頭 司馬懿(しばい)とは、魏に仕え、諸葛亮(孔明)と対峙して魏軍を統率した軍政家・策略家で、字(あざな)を仲達(ちゅうたつ)、河内温の人として語られる人物です。 生涯 曹操の時代から魏に奉職し、曹操・曹丕・曹叡の三...
冒頭 曹休(そうきゅう)とは、魏の曹氏一門に属する武将で、吉川英治『三国志』では曹操の甥で字を文烈とされ、のち大司馬に任じられた人物です。 生涯 若い頃、曹操の前で弓を試す場に「曹操の甥」である若武者として現れ、字を...
冒頭 辛毘(しんび)とは、河北の袁氏政権から曹操陣営へ転じ、のち魏の朝廷で諫官・侍中として君主をいさめた文官です。袁譚の使者として曹操に面会し、冀北攻略の急務を説いて進軍の方向転換を促す役を担います 。 生涯 袁譚...
冒頭 安邑県(あんゆうけん)とは、函谷関の西方にある県で、動乱期には天子の一時的な滞在地や、魏の朝廷が要人の動静を探るための行幸地として用いられる地です。 概要 作中では「安邑」の地名で町としても現れ、軍勢の進退や朝...
冒頭 李暹(りせん)とは、長安の混乱期に李傕(りかく)一派に属し、献帝と皇后の身柄を押さえて政局の主導権を握ろうとした武人です。李傕側の人物として「李司馬の甥」とも記されます。 生涯 李傕・郭汜(かくし)が長安で争っ...
冒頭 驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)とは、漢代以来の将軍号の一つで、中央の高位武官として軍事指揮や名誉称号の性格をあわせ持つ官職です。 概要 将軍号には位階の序列があり、驃騎将軍は車騎将軍などと並んで高位の軍職として...
冒頭 天文(てんもん)とは、天体の運行や異象を観測し、暦や国家の吉凶判断、人物や王朝の盛衰の兆しを読み取るための学問と実務です。吉川英治『三国志』では、星や彗星などの現象が政局判断や軍事判断と結びつき、予言や占断として語られま...
冒頭 中軍(ちゅうぐん)とは、軍勢をいくつかの隊に分けて布陣・行軍するときの「中央の軍」を指す用語です。 概要 中軍は、左右の翼(左軍・右軍)や先鋒(前軍)・殿(後軍)に対して中心となる部隊で、全体の統制や指揮の中枢になりや...
冒頭 子午谷(しごこく)とは、秦嶺を越えて漢中方面から関中の長安へ通じる山谷の道筋の一つです。蜀が北伐で魏の中枢に迫る際、正面の大路とは別に「虚を衝く」奇道として論じられます。 概要 吉川英治『三国志』では、蜀軍が沔...
冒頭 街亭(がいてい)とは、蜀が祁山方面へ出兵する際に補給と進軍路を支える要道の要地で、諸葛亮が「我が咽喉に等しい」とまで位置づけた地点です。 概要 吉川英治『三国志』では、街亭は「要道の咽喉」として、敵軍の往来を遮...
冒頭 諸葛亮の北伐(しょかつりょうのほくばつ)とは、蜀漢の丞相・諸葛亮(孔明)が、漢中から魏の関中・中原方面へ軍を進め、長安などの要地を圧して国勢の転換を図ろうとした一連の遠征作戦です。蜀軍が沔陽まで進出して魏の長安布陣の情報...
冒頭 八陣図(はちじんず)とは、八門に区分した陣法として説明され、攻め手を迷わせ分断しつつ、要所から討って利を得ることを狙う布陣です。 概要 吉川英治『三国志』では、諸葛亮(孔明)が布く「八卦の陣」として語られ、休・...
冒頭 六出祁山(りくしゅつきざん)とは、蜀漢の丞相・諸葛亮孔明が、魏の中枢である長安方面へ進出するため、要衝の祁山を拠点として繰り返し出兵した一連の北伐を「六度(六回)祁山に出る」と数えて呼ぶ言い方です。司馬懿が「孔明三年の歳...
冒頭 禅譲(ぜんじょう)とは、天子が自発的な譲位という形式をとって、帝位を他者に譲る政治的手続きです。王朝交替を正当化する理念としては、古代の堯が舜に位を譲ったという先例が引かれます 。 概要 三国志の時代に禅譲が問...
冒頭 別部司馬(べつぶしば)とは、漢代の軍制で、正規の主力とは別に編成された部隊や臨時の軍の指揮・監督に当たる武官職の一つです。 概要 「別部」は本隊から分かれた一隊を指し、「司馬」は軍務をつかさどる官名で、将軍の麾下で部隊...
冒頭 空城の計(くうじょうのけい)とは、兵力が乏しく城を守り切れない状況で、あえて城門を開放して虚を示し、敵に伏兵や策謀を疑わせて退かせる計略です。 概要 吉川英治『三国志』では、蜀の諸葛亮孔明が魏軍の迫来を受けた際...
冒頭 公孫淵(こうそんえん)とは、三国時代の遼東地方を支配した公孫氏の当主で、魏と呉の間で離反と帰服を重ねた末に魏の討伐を受けて滅んだ人物です。 生涯 遼東は後漢末以来、公孫度・公孫康ら公孫氏が半独立的に統治した地域...
冒頭 王濬(おうしゅん)とは、西晋の将で、長江水軍を率いて呉を滅ぼす作戦の主力となった人物です。 生涯 魏から晋へ政権が移る過程で官歴を重ね、晋の武帝(司馬炎)の全国統一事業に参与しました。晋が呉を討つ「伐呉」に際し...
冒頭 杜預(とよ)とは、西晋に仕えた文武の官僚・将軍で、晋による呉討伐を軍事・行政の両面から推進し、統一事業の完成に関与した人物です。 生涯 魏末から晋初にかけて出仕し、司馬氏政権下で実務家として頭角を現した。対呉戦...
冒頭 羊祜(ようこ)とは、三国時代ののちに魏を継いで成立した西晋に仕え、呉との国境方面を統轄して対呉政策を主導した人物です。武将であると同時に、辺境統治と外交的工作を通じて戦争の条件を整えることを得意とした官僚的統帥としても知...
冒頭 勅令(ちょくれい)とは、天子や皇帝が国家の意思として臣下・諸侯に下す公式の命令文書、またはその命令行為です。吉川英治『三国志』では「勅命」「詔勅」「詔書」などの語でも現れ、権力の正当性や名分を付与する装置として扱われます...
冒頭 檄文(げきぶん)とは、国家や軍の名で広く人々に告げ、行動を促すために出される公式の文書です。主として討伐や挙兵の大義名分を示し、協力者の参集や服従を求める目的で用いられます。 概要 檄は「告げ示す」意を含み、檄文は罪状...
冒頭 張悌(ちょうてい)とは、呉の末期に朝廷の重臣として政務と軍務を担い、西晋の侵攻に際して抗戦の指揮を執った人物です。 生涯 孫晧の治世下で重きをなし、晋が呉へ総攻撃を開始すると、都方面の防衛に関わって出陣し、劣勢...