北邙山
冒頭
北邙山(ほくぼうざん)とは、洛陽の北方に連なる丘陵・山地の総称で、後漢末の政変において都洛陽の郊外景としてしばしば語られる地名です。草原の彼方に北邙山が望まれる位置関係が示され、洛陽からの逃避行の行程を測る目印として扱われます 。
概要
北邙山は、王朝の都である洛陽の背後に迫る地勢として知られ、都城の近傍でありながら、郊外の荒野・河原と連続する空間としても現れます。作中では、乱の只中で帝(少帝)と皇弟(陳留王)が洛陽を離れて流離する場面で、北邙山が視界に入る地点まで落ちのびたことが語られます 。
歴史
北邙山は古来、洛陽周辺の葬地としても著名で、都と死者の世界を隔てる境界のような地理的イメージを伴いやすい土地です。作中でも「北邙の草野」という語が童歌の一句に現れ、帝位の動揺と都の混乱を暗示する背景として用いられています 。
関連する事件
後漢末の十常侍の乱では、幼帝が北邙山方面へ遁れたという回想が語られ、その時期に伝国の玉璽が紛失したとの噂が立ったことが、後の玉璽出現の伏線として結びつけられます 。また、洛陽郊外で北邙山を望む逃避行の途中、追手を恐れた張譲が河に身を投じる展開が描かれ、宮廷政変の帰結を示す地点ともなっています 。
関連人物
少帝、陳留王、張譲らが北邙山を望む郊外へ落ちのびる筋立てが置かれ、帝の失踪を捜索する閔貢が合流する経緯とも連なります 。さらに玉璽の由来を語る場面では、十常侍の乱と北邙山への遁走が、政治的正統性の象徴である玉璽の行方と結びつけて言及されます 。
史実との違い