峴山
冒頭
概要
襄陽を中心とする漢水流域の軍事行動において、城外へ出て布陣する地点、追撃戦での要害、また特定の方向からの退路や交通路を押さえる目標として扱われます。蔡瑁が襄陽城を出て峴山まで進出して陣を張る場面があり、城と野戦の接点となる位置づけが示されます。
歴史
また孫策は、父の遭難の場所として「峴山の麓」を捜索させるが遺骸は敵に収められていた、という経緯が語られます。
関連人物
呂公は峴山での待ち伏せを実行する側として登場し、峴山が策略と地形利用の場となることを具体化します。
吉川三国志での扱いと史実や演義との違い