弘農王
冒頭
弘農王(こうのうおう)とは、後漢の皇帝であった少帝(劉弁)が董卓の廃立によって皇位を追われ、王号として改められた称号です。董卓は「現帝を弘農王とし、…代るに陳留王をもって、われらの皇帝として奉戴する」と宣して少帝を玉座から引き降ろしました 。
生涯
霊帝の後を継いで即位したのち、外戚・宦官の抗争と宮中の混乱が続き、董卓の軍事的威圧の前に廃位されます 。廃位後は何太后と共に永安宮へ幽閉され、監視下で過ごしました 。幽居のうちに都と旧宮殿を思う詩を作ったことが咎めとされ、董卓は李儒に処分を命じます 。李儒は「延寿酒」と称して毒酒を迫り、弘農王はそれを毒と悟って拒む場面が描かれます 。最終的に弘農王と何太后は殺され、その首が董卓のもとへ届けられたとされます 。
人物像
廃位後は「天道は易れり…ただ潸々、涙あるのみ」と悲歌をうたい、逼迫した状況下で自己の運命を嘆く姿が示されます 。
血縁
関係人物
史実との違い
「弘農王」の基本情報
総登場回数
5回
活動期間
1巻にわたって登場
初回登場
桃園の巻
最終登場
桃園の巻
最も活躍した巻
桃園の巻
(5回登場)