夷陵の戦い 用語 冒頭 夷陵の戦い(いりょうのたたかい)とは、蜀の帝玄徳(劉備)が呉を討って長江上流の夷陵方面へ進軍し、呉の大都督陸遜の用兵によって蜀軍が大敗して戦局が決した一連の会戦です。蜀軍は巫峡・建平・夷陵にわたる戦線を維持して章武二年の正月を迎えたとされます。 概要 夷陵は長江流域の要地で、作中では「夷陵の城(湖北省・宜都、宜昌の東北)」と位置づけられ、蜀の攻勢によって呉の孫桓がいったん夷陵城へ退く場面が示されます。 その後、呉は陸遜を総帥として反撃に転じ、蜀の中軍崩壊を契機に各所で蜀の諸将が討たれ、戦線が瓦解していきます。 歴史 蜀の攻勢は序戦で呉方を圧し、孫桓の退却などの報が建業を動揺させた一方、蜀軍は長期の布陣と行軍の伸長によって疲弊条件を抱えます。 陸遜は蜀軍の配置と推移を見極めて大規模な火攻めを実施し、蜀帝玄徳は馬鞍山方面へ追い詰められ、火勢と伏兵により退路を脅かされます。 敗走局面では、夷陵城を囲んでいた蜀の張南・趙融が戦死し、南蛮勢の沙摩柯も捕捉され、さらに一部の蜀将が降伏に追い込まれるなど、指揮系統と兵力が大きく損耗したと描かれます。 関連人物 劉備(玄徳)、陸遜、孫桓、張南、趙融、沙摩柯、関興、張苞、朱然、趙雲などが戦局の節目に関与し、呉は陸遜の追撃で魚腹浦方面へ圧力を継続します。 史実との違い 吉川三国志では夷陵・猇亭一帯での長期戦と火攻めによる壊滅が強く整理されて示される一方、史実・演義では地名呼称(猇亭の戦いなど)や周辺逸話の扱い、諸将の関与の比重に差が出ます。 「夷陵の戦い」登場回数 合計: 0回 0 0 0 0 0 0 桃園の巻 0 群星の巻 0 草莽の巻 0 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻