覇陵橋

冒頭
覇陵橋(はりょうきょう)とは、吉川英治三国志』に登場する、河南省許州付近にある橋で、許都を中心とする交通路の要所として描かれる地名です。
 
概要
作中では、河川に架かる長橋として示され、軍勢や車駕が往来し、検問や封鎖によって通行が左右される地点として機能します。漢末の政情不安のもと、橋は軍事的な関門としても扱われ、通過の可否がそのまま政治的・軍事的な力関係を表す舞台になります。
 
歴史
長安を出て弘農へ向かう天子の一行が「覇陵橋の畔」に差しかかり、橋上で兵に行手を塞がれる場面があり、天子の権威が失われ、武人政権の統制下に置かれている実情が示されます。
 
関連人物
関羽許都を発して旧主劉備のもとへ去る途上、この橋の中ほどで張遼の使者を迎え、曹操の追着を警戒しつつ対面します。
また曹操側から餞別として錦の袍衣が差し出され、関羽がそれを受ける場面も覇陵橋で行われます。
さらに関羽はのちに「覇陵橋上、曹丞相と、暇をつげて、白日ここを通る」と述べ、曹操に辞暇した正当性を主張する文言として用います。
 
史実との違い
演義で名高い「灞陵橋」(表記差を含む)での関羽曹操の別れは物語的に整えられた要素が強く、吉川作品でも同趣旨の場面が置かれる一方、地名表記や位置づけには作中上の整理が見られます。
「覇陵橋」登場回数
合計: 6回
0 1 2 3 5 0 桃園の巻 0 群星の巻 1 草莽の巻 0 臣道の巻 5 孔明の巻 0 赤壁の巻 0 望蜀の巻 0 図南の巻 0 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約3時間前