冒頭 海隅(かいぐう)とは、海に面した国土のはし、あるいは沿海の辺境地帯を指す語で、吉川英治『三国志』では地名的に「浙江省の南隅」と注される沿海地方として用いられる語です。 概要 「隅」は角・端を意味し、「海隅」は内...
冒頭 陸康(りくこう)とは、揚州の要地・盧江を治めていた豪族出身の太守として知られ、作中では孫策が袁術配下として軍功を立てる際の討伐対象として言及される人物です。 生涯 作中での登場は多くなく、孫策が淮南で袁術に客将...
冒頭 田氏(でんし)とは、濮陽城周辺に地盤をもつ土地の富豪として描かれ、呂布・曹操の攻防で城内外の連絡や離反に関わる人物です。かつて呂布のために曹操軍へ反間の偽書を送った経歴を持ちます。 生涯 呂布が濮陽城の主となっ...
冒頭 北都尉(ほくとい)とは、後漢の都である洛陽に置かれた、宮城や禁中の警備・取締りにあたる武官職です。吉川英治『三国志』では、曹操が二十歳で初めて就いた官職として示され、任務は皇宮の警吏であると説明されています。 概要 ...
冒頭 交州(こうしゅう)とは、後漢から三国時代にかけて中国の最南部に置かれた州の一つで、交趾・九真・日南など南海沿岸から現在のベトナム北部一帯を含む広域の行政区画です。 概要 中原の政争や戦乱から距離があり、山岳・海...
冒頭 寒門(かんもん)とは、家が貧しく、家格や門地の高くない家柄をいう語です。転じて、そのような家に生まれた人物の出自や境遇を指して用いられます。 概要 「門」は家門・家柄、「寒」は貧窮や零落を表し、寒門は名門・豪族...
冒頭 豪族(ごうぞく)とは、地方社会で大きな財力と人脈、武力動員力を持ち、郡県の政治や軍事に影響を及ぼした有力家・有力者層のことです。 概要 後漢末の動乱期には、中央の統制がゆるむにつれて、豪族は土地・財貨・食客や私...
冒頭 門閥貴族(もんばつきぞく)とは、特定の名門の家柄が、官職・人脈・学識(儒学的教養)などを世襲的に蓄積し、政治社会で継続的に優位を占める支配層のことです。 概要 三国志の時代背景である後漢末には、地方に根を張る豪...
冒頭 汝陽(じょよう)とは、後漢末から三国時代にかけて豫州(現在の河南省南部にあたる地域)に置かれた県名・地名の一つです。吉川英治『三国志』では、呉の将軍・呂蒙の出身地として「汝陽の呂蒙」と示されます。 概要 汝陽は...
冒頭 巡察使(じゅんさつし)とは、天子の命を奉じて地方へ出向き、官吏や豪族の不正、軍功の偽り、自称の官爵などを糺すために巡回する監察の使節です。作中では「天子の使い」「勅使」の一種として描かれ、洛陽からの巡察使が地方へ巡遊する...
冒頭 劉恢(りゅうかい)とは、代州の五台山麓に居を構える地方豪族で、劉備玄徳・関羽・張飛が一時身を寄せた家の主です。張飛の縁によって三人を邸内の南苑の客館に迎え、長期の逗留を許し、表向きは客将として遇しつつ、実際には潜伏の安全...
冒頭 義兵(ぎへい)とは、国家や朝廷の正統を掲げ、賊徒や専横の権力を討つという大義名分のもとに編成される武装集団です。曹操が「諸国の英雄に呼びかけ、義兵を挙げて…賊を討つ」と述べるように、私闘ではなく公的目的を標榜する点に特徴...
冒頭 郷兵(きょうへい)とは、郷里や村落など地域共同体を単位に編成され、治安維持や非常時の動員に用いられる在地の兵、すなわち地方の自衛的な武装集団です。常備軍や中央の正規軍に比べて、地縁によって集められやすく、平時は生業を持つ...
冒頭 檄文(げきぶん)とは、国家や軍の名で広く人々に告げ、行動を促すために出される公式の文書です。主として討伐や挙兵の大義名分を示し、協力者の参集や服従を求める目的で用いられます。 概要 檄は「告げ示す」意を含み、檄文は罪状...
冒頭 南門衛少督(なんもんえいしょうとく)とは、城郭や県城の南門を警備する部隊の指揮系統に属する下級の指揮職を指す呼称です。吉川英治『三国志』では、張飛が「県城の南門衛少督」を務めていたと自称し、地方豪族の鴻家に仕える武士とし...
冒頭 鴻家(こうけ)とは、吉川英治『三国志』において、黄巾の乱前後に一県の県城を支配していた在地の豪族ないし領主層の家を指す呼称です。鴻家の姫として鴻芙蓉が語られ、家の滅亡後も、その遺臣・旧縁によって保護と再興の動きが示されま...
冒頭 県城(けんじょう)とは、県の政庁が置かれた中心都市であり、防衛のため城壁を備えた城郭都市を指す語です。吉川英治『三国志』では「この地方県城を預かっておられた領主」など、地域支配の拠点として用いられます。 概要 ...
馬騰(ばとう)とは 後漢末の武将で、西涼(現在の甘粛省一帯)に勢力を張った群雄の一人。字は寿成(じゅせい)。勇猛な武人で、同じく西涼に割拠した韓遂とともに名を馳せた。 生涯 もとは涼州の有力豪族で、董卓討伐の際には韓...
河北(かほく)とは、中国の地名で、三国志の時代には重要な地域としてたびたび登場します。 河北は「河の北」、すなわち中国の大河・黄河(こうが)の北に位置する広大な地域の総称です。この地域は戦略的に非常に価値が高く、多くの有力な武将や豪...
張飛翼徳(ちょうひ よくとく)とは 劉備玄徳に仕えた義兄弟のひとりで、字は翼徳。三国志のなかでも豪放磊落な性格と勇猛な戦いぶりで知られる名将。 生涯 涿郡の出身。劉備・関羽と出会い、桃園で義兄弟の契りを結んだ。黄巾の...
鮑信(ほうしん)とは 後漢末の武将で、兗州出身。義に厚く、曹操と深く関わった人物として知られる。 生涯 鮑信は兗州の豪族で、兄弟の鮑韜とともに名望を集めていた。黄巾の乱の鎮圧で功を立て、やがて曹操に協力する立場となる...
河内(かわち)とは 後漢から三国志期にかけて存在した中国の地名で、現在の河南省北部(黄河南岸)にあたる地域を指す。黄河の南に位置することから「河内」と呼ばれた。 土地の歴史 河内郡は漢代に設置された郡の一つで、農業が...
隴西(ろうせい)とは 隴西は中国西部の古代地名で、現在の甘粛省定西市一帯にあたる。後漢時代には隴西郡が置かれ、西涼(せいりょう)と並んで辺境防衛の要地とされた。 歴史的背景 隴西は黄河上流域に位置し、シルクロードと中...
張繡(ちょうしゅう)とは 張繡は、後漢末期の群雄の一人で、宛城(現在の河南省南陽市)を本拠とした武将である。曹操を苦しめた宛城の戦いで有名。 生涯 張繡は南陽の豪族で、董卓が長安で専横を振るった際にはその陣営に属して...
潁川(えいせん)とは 潁川は、後漢から三国時代にかけて存在した中国の地名で、現在の河南省許昌市一帯にあたる。中原の要地として知られ、歴史的に多くの名士や豪族を輩出した地域である。 歴史的背景 潁川郡は前漢の時代に設置...