伝国の玉璽

冒頭
伝国の玉璽(でんこくのぎょくじ)とは、天子の印章として国土の継承と正統を示す朝廷の宝器です。孫策の周辺では「玉璽といえば、天子の印章」と説明され、これを持つことが帝位僭称の根拠になり得るものとして扱われます。
 
概要
吉川英治三国志』では、洛陽大乱の際に紛失したと噂された玉璽が、孫堅の手に入り、その後は孫策袁術らの権力関係を動かす政治的担保として流通します。
 
意味
玉璽の印文は「受命于天 既寿永昌」とされ、程普はこれをもって朝廷玉璽であると鑑識します。
また由来として、荊山の璞玉が楚の文王の宝となり、のち秦の始皇帝の時に「方円四寸の玉璽」とされ、李斯に命じて八字を彫らせたものだと語られます。
 
歴史
作中では、十常侍の乱の折に幼帝が北邙山へ避難した頃、「にわかに玉璽が紛失したという噂」が立った経緯が示されます。
孫堅が得た玉璽も「朝廷の奥に伝国の宝として、漢の高祖より…伝え伝えて参った物」と位置づけられ、王朝の継承と結びつく象徴として叙述されます。
 
吉川三国志での出現と推移
孫堅洛陽で、井戸の底から揚がった死体が頸にかけていた錦の嚢から印章を得、程普により伝国の玉璽と断定されます。
孫堅は秘密保持を命じて撤収を図る一方、袁紹は「伝国の玉璽をふところに温めて…」と指摘して追及し、玉璽所持が謀叛疑惑の根となります。
のち孫策は、袁術玉璽を欲することを見越してこれを「質として」預け、兵の貸与を得ます。
さらに後段では、袁術の最期に関する供述を受けて玉璽曹操のもとへ送られたことが語られます。
 
関連人物
孫堅は発見者であり、程普は印文・由来を説明して玉璽の政治的意味を強調します。
孫策玉璽を担保に軍勢を得、袁術はそれを見て野望を露わにします。
袁紹孫堅を疑い、玉璽の私有を「朝廷に返上すべき」ものとして非難します。
 
史実との違い
作中では後漢滅亡後に襄江で得た黄金印章を孔明が「ほんとうの伝国の玉璽」と断じ、曹丕に伝わったものは「後の物」と推測する場面があり、玉璽の真贋と所在をめぐる扱いが史実・演義の通説と異なる形で展開します。
「伝国の玉璽」登場回数
合計: 27回
0 2 5 7 10 1 桃園の巻 4 群星の巻 10 草莽の巻 7 臣道の巻 0 孔明の巻 0 赤壁の巻 4 望蜀の巻 0 図南の巻 1 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約5時間前