李粛(りしゅく)とは 後漢末の武将で、呂布に仕えた人物。董卓暗殺後の政変に関わったことで知られる。 生涯 李粛は若くして呂布の友人となり、彼を董卓に推挙した人物と伝えられる。もともと丁原の配下であった呂布が董卓に寝返...
悋気(りんき)とは 古語で、「嫉妬」「やきもち」の意味を持つ言葉。特に男女の愛情関係において相手を独占したい心情や、他者への嫉妬心を指す。 用例 古典文学や近世の歌舞伎・浮世草子で頻繁に用いられ、男女関係の嫉妬を端的...
張飛翼徳(ちょうひ よくとく)とは 劉備玄徳に仕えた義兄弟のひとりで、字は翼徳。三国志のなかでも豪放磊落な性格と勇猛な戦いぶりで知られる名将。 生涯 涿郡の出身。劉備・関羽と出会い、桃園で義兄弟の契りを結んだ。黄巾の...
関羽雲長(かんう うんちょう)とは 三国志を代表する武将のひとりで、劉備玄徳に仕えた義兄弟。字は雲長。中国史上、武勇と義理を象徴する人物として後世に神格化され、関帝・関聖帝君として祀られる。 生涯 関羽は山西(并州)...
桃園の巻(とうえんのまき)とは 吉川英治『三国志』の第一巻であり、物語全体の出発点となる巻。タイトルの「桃園」は劉備・関羽・張飛の三人が義兄弟の契りを結んだ「桃園結義」を象徴している。 あらすじ 後漢末、帝室の衰えと...
李儒(りじゅ)とは 後漢末に董卓に仕えた謀臣で、その冷酷さと智謀で知られる。董卓政権の黒幕的存在として、朝廷を震え上がらせた。 生涯 李儒はもともと学識豊かな士人であったが、董卓に見いだされ、参謀として取り立てられた...
陳留王(ちんりゅうおう)とは 後漢末において霊帝の子で、のちの献帝劉協を指す称号。霊帝の崩御後、董卓によって少帝弁が廃され、弟であった劉協が「陳留王」から皇帝に擁立された。 生涯 劉協は霊帝の子で、幼少のころから聡明...
鮑信(ほうしん)とは 後漢末の武将で、兗州出身。義に厚く、曹操と深く関わった人物として知られる。 生涯 鮑信は兗州の豪族で、兄弟の鮑韜とともに名望を集めていた。黄巾の乱の鎮圧で功を立て、やがて曹操に協力する立場となる...
喬瑁(きょうぼう)とは 後漢末の人物で、冀州刺史を務めた。董卓の横暴に対抗するため、反董卓連合に加わった群雄の一人。 生涯 喬瑁は冀州の刺史として勢力を持ち、董卓が朝廷を牛耳るとこれに反発。袁紹を盟主とした十八路諸侯...
王匡(おうきょう)とは 後漢末の武将で、河内太守を務めた人物。董卓の横暴に反発し、反董卓連合に加わった群雄の一人。 生涯 王匡は河内郡の太守として勢力を持ち、董卓が都を掌握するとこれに強く反発。袁紹を盟主とした反董卓...
丁原(ていげん)とは 後漢末の武将で、并州刺史を務めた人物。呂布奉先の最初の主君として知られる。 生涯 并州の出身で、後漢末に并州刺史となり、辺境の軍を率いていた。黄巾の乱の鎮圧でも功をあげ、名声を得る。 し...
河内(かわち)とは 後漢から三国志期にかけて存在した中国の地名で、現在の河南省北部(黄河南岸)にあたる地域を指す。黄河の南に位置することから「河内」と呼ばれた。 土地の歴史 河内郡は漢代に設置された郡の一つで、農業が...
并州(へいしゅう)とは 中国の古代行政区画のひとつで、現在の山西省を中心に河北・内モンゴルの一部を含む地域を指す。三国志の時代、黄河の上流に近く、北方の騎馬民族との境に位置するため、常に辺境として軍事的に重要視された。 生涯...
玉璽(ぎょくじ)とは 玉璽とは、中国皇帝の印章を指す。特に「伝国の璽(でんこくのじ)」と呼ばれるものは、秦の始皇帝以来、代々の皇帝に伝わった帝位の象徴とされる至宝である。 歴史的背景 伝国の玉璽は、秦の始皇帝が天下を...
何太后(かたいこう)とは 何太后は後漢霊帝の皇后であり、少帝劉弁の生母。名は伝わっていないが、「何皇后」「何太后」として歴史に名を残す。外戚として兄の何進と共に権力を握ったが、やがて董卓により廃されて悲劇的な最期を遂げた。 ...
聖駕(せいが)とは 聖駕とは、皇帝の外出や行幸を尊んで呼ぶ言葉。もともと「駕」は車に乗ることを意味し、「聖駕」で「聖なる御車」、すなわち「天子のお出まし」を指す。 歴史的背景 中国では古代から皇帝を「聖」と称え、その...
臨洮(りんとう)とは 臨洮は中国西部の古代地名で、現在の甘粛省定西市臨洮県にあたる。後漢時代には隴西郡に属し、西方防衛の要衝であった。 歴史的背景 臨洮は黄河上流域に近く、シルクロードと中原を結ぶ交通の要地であると同...
隴西(ろうせい)とは 隴西は中国西部の古代地名で、現在の甘粛省定西市一帯にあたる。後漢時代には隴西郡が置かれ、西涼(せいりょう)と並んで辺境防衛の要地とされた。 歴史的背景 隴西は黄河上流域に位置し、シルクロードと中...
鹵簿(ろぼ)とは 鹵簿とは、天子や高官が外出する際に従う儀仗(ぎじょう)・行列のことを指す。旗や車、楽器、護衛兵などが整然と並び、威儀を示す制度的な行列である。 語の由来 「鹵」は古代の城門を意味し、「簿」は名簿・帳...
趙萌(ちょうぼう)とは 趙萌は、後漢末期に登場する武将の一人。『三国志演義』や吉川英治『三国志』において、董卓の混乱後に幼帝(劉協)を護送する場面に登場する。 生涯(物語上の役割) 董卓や十常侍の乱で宮廷が混乱した際...
閔貢(びんこう)とは 閔貢は後漢末期に登場する人物で、河南の中部掾史として仕えた名士。吉川英治『三国志』では、董卓や十常侍による混乱の中で、幼帝(劉協)や陳留王を助けた忠臣として描かれている。 生涯(物語上の役割) ...
崔毅(さいき)とは 崔毅は吉川英治『三国志』に登場する人物で、史実には見られない架空の人物。後漢末期、十常侍の乱によって混乱する洛陽から逃れた霊帝の子(新帝)と陳留王を匿い助ける役割を果たしている。 生涯(物語上の役割) ...
董卓仲穎(とうたくちゅうえい)とは 董卓は後漢末期の武将・政治家で、西涼(現在の甘粛省周辺)の出身。字は仲穎(ちゅうえい)。後漢王朝の混乱期に台頭し、朝廷を掌握して暴政を敷いたことで悪名高い。 生涯 董卓は辺境の西涼...
蘭州(らんしゅう)とは 蘭州は中国西部、現在の甘粛省の省都。黄河の上流に位置し、古来より西域への交通・軍事・商業の要衝として重要な都市である。 三国志の時代には「金城郡」に属し、西涼地域の一部として軍事的に重視された。...
甘粛(かんしゅく)とは 甘粛は中国西部の地域名で、現在の甘粛省にあたる。地名は、唐代の「甘州(現在の張掖市)」と「粛州(現在の酒泉市)」を合わせたものに由来する。 後漢末から三国志の時代にかけては「西涼」と呼ばれた地域...