漢室

冒頭
漢室(かんしつ)とは、前漢後漢を通じて四百年余つづいた漢王朝の皇帝家と、その正統性を指す呼称です。
 
概要
吉川英治三国志』では、漢室は単なる王朝名ではなく、天子を中心とする朝廷の権威、宗廟や系譜に支えられた国家秩序として扱われます。献帝董承を伴って大廟に入り、漢家歴代の祖宗を祀る場で皇統の由来を確かめようとする場面は、漢室が宗廟と系譜によって自らを正当化してきたことを示します。
 
歴史
物語上の漢室は、霊帝崩御以後、宦官や外戚の対立、群雄の台頭によって「末期相」が露呈し、瓦崩の兆しが進む王朝として描かれます。 その後、都が洛陽から長安、さらに許昌へと遷り、天子は戦乱の中でたびたび存亡の淵を経る一方、許都では曹操の威勢が振るわれ、宮廷は荒廃して朝廷の式微が進んだとされます。
 
意味
漢室の「正統」は、誰が天子を奉じ、誰が漢朝を晦くするかという政治的争点になります。献帝は、劉備を「漢室の宗親」とし、曹操を「漢室を晦うしている」者として糾弾し、討つべき相手の選択を迫ります。 また、劉備景帝の子孫であることを朝廷の系譜で確かめ、献帝皇叔として遇する筋立ては、漢室の血統が政権構想の根拠になることを示します。
 
関連人物
献帝は漢室の当主として存続を願い、董承馬騰などの「忠節」を頼み、曹操の専横下で密詔を用いるなどして挽回を図ります。 曹操は実権者として天子を奉じながらも朝廷を制し、魏臣が「漢朝の運気は尽きた」と禅譲を迫る局面へつながっていきます。
 
史実との違い
吉川三国志では、漢室の衰微を宮廷の荒廃や密詔、宗親認定の場面で強く制度的に示す一方、史実や演義での政治過程は人物配置や場面構成が整理されて提示されます。
「漢室」登場回数
合計: 77回
0 3 6 9 13 13 桃園の巻 11 群星の巻 7 草莽の巻 10 臣道の巻 13 孔明の巻 9 赤壁の巻 7 望蜀の巻 3 図南の巻 4 出師の巻 0 五丈原の巻
最終更新日: 約2時間前